[ Web Letter - Vol.06 ]命を使ってもらえる幸せ。
Web Letter - Vol.06 / 卯月 April 18, 2026
~このWeb Letterは宮崎県の里山綾町で写真家をしたり、マッサージをしたり、七輪炭火で珈琲を焙煎したりしながら、家族と心地いい暮らしをつくろうと奮闘する父、溝口直己の物語です~

「誰かに命を使ってもらうこと。それが使命である」
自分にはやるべきことがある。そう言って目の前にやって来てくれた、普段とは違う仕事や頼まれごとを、無意識に避ける癖がついていたことに最近氣付いた。
自分の時間を差し出すことは自分の命を差し出すことで、どんな命の使い方をしても寿命は必ず確実に減る。
それならできるだけ自分のやりたいことに集中しよう。そう思いながら生きてきた。
でもその生き方は果たして、笑える最後に向かっているのだろうかと思い当たったのだ。

先週のことだ。その週も暮らしと仕事であっという間に過ぎる日々。
「今年から田んぼを始めるんだ」と友人からの話を聞いて、『最初の苗床作りを手伝ってあげたいという想い』と『今週のどこに手伝える時間があるんだ直己という想い』が同時に出てきた。
最初にやり方を伝え2時間ほど一緒にできたら、後は単純作業だし僕は僕のやるべきことに戻ろう。
そうしてその日の最善を考えたはずだが、なぜか心の中はずっとモヤモヤしていた。どちらの氣持ちも大切にした案であるはずなのに、このモヤモヤは何だろう。
そう考え込んでいるときに出会ったのが「誰かに命を使ってもらうことが使命である」という言葉だった。

少しでも時間があれば自分の暮らしや仕事を進めたい。いつの間にかそう思うようになっていた僕にとっては衝撃で、でも腑が足先まで落ちるほどしっくりくる教えだった。
とにかくまずはやってみようと、1日全ての自分の命を友人に使ってもらうことに決めた。
するとそうした直後から幸せで満たされ、そしてなぜだか自分に使える時間も同時に増えたのだ。
’誰かの助けにベストを尽くす’ということだけに集中し、他の余分なことが自ずと削がれたから、残った時間が短くてもその時間も集中できるようになったのではないか?と今文章を書いていてふと思った。
そして誰かに命を使ってもらえこと。それがこんなにも穏やかで幸せな氣持ちにさせてくれるのかと体感した先週の出来事だった。
僕の命を使ってくれて、ありがとう。
当たり前ではない命。明日も有難く、必要な誰かに使ってもらおう。
